漱石『それから』より
まるで運命の糸に必然的に導かれるように一直線にカタストロフィに至る。
これはシンプルで、力に満ちた小説だった。
きわめて闘争的で、ロマンティック。
これは自然が社会に敗れ、
真実が現実に敗れ、
愛が経済に敗れる小説だ。
単純な展開の中に漱石は多くの要素を盛り込んでもいる。日本の近代化の矛盾。それに引き裂かれる人間。の絆。
そして愛のためにもお金が必要だという単純な現実。
代助は愛する人を幸せにするには経済的基盤が必要だと考える。(そんなものはいらないと言う三千代はロマンティックだが、どこか「都合のいい女」のようでもある)
「徳義上の責任じゃない、物質上の責任です」
「そんなものは欲しくないわ」
「欲しくないと云ったって、是非必要になるんです。これから先僕が貴方とどんな新しい関係に移って行くにしても、物質上の供給が半分は解決者ですよ」
夏目漱石『それから』より(新潮文庫)
恋人の夫平岡に全てを打ち明けるシーンでの次のセリフは感動的。
つねにクールな態度を保つ代助が、激しく取り乱して平岡に詰め寄るこのセリフは悲劇的でもあり滑稽でもある。
「あっ。解った。三千代さんの死骸だけを僕に見せる積りなんだ。それは苛い。それは残酷だ」
夏目漱石『それから』より(新潮文庫)
他人の細君への愛を貫くために、世界全体を敵に回す代助。彼は、愚かだと言われ、親兄弟からも見捨てられる。
世間の倫理に反する愛を描くことで、社会の酷薄さを描いた漱石は、その愛の必然的な敗北を描きながら、人間の世を告発している。
そして、真に人間が道徳的に生きるとはどういうことなのか、という難問を読者に投げかけているように思える。
(つづく)